高梁市の沿革

鎌倉時代1240年(延応2年)秋庭三郎重信が標高478mの臥牛山頂に砦を築いて以来、明治維新まで約630年にわたって城下町として栄え今日の高梁の基礎がつくられました。

明治2年11月に松山を高梁に改め高梁藩と呼ばれ、さらに明治4年の廃藩置県によって岡山県に編入高梁町として発足しました。つづいて昭和4年5月隣接の松山村と合併し、昭和29年5月1日上房郡高梁町、津川村、川面村、巨瀬村、川上郡玉川村、宇治村、松原村、高倉村、落合村の1町8か村が合併し、高梁市が誕生した。昭和30年2月には、上房郡中井村を編入し、さらに、昭和45年5月に上房郡賀陽町佐与谷の一部を編入しました。
平成16年10月1日高梁市、上房郡有漢町、川上郡成羽町、川上町、備中町の1市4町が新設合併し、新しい高梁市として現在の市域を形成しています。

高梁市の概況

高梁市は、岡山県の中西部に位置し、県下三大河川の一つ高梁川が中央部を南北に貫流し、その両側に吉備高原が東西に広がっています。地勢は総じて西に高く東に低く高梁川と成羽川、その支流に沿って帯状に曲折した低地部と高原部に至る傾斜部及び高原部分とからなっています。 この地域は、古来「備中の国」として中核を占め、近世では幕藩体制のもとに松山藩を中心として、また近代以降においても政治、経済、教育の中心地として栄え、今日に至っています。
気候 気候の特徴は、年間を通じて霧の発生が多く高原部の一部では積雪も見られます。
また、高原部では、昼夜の温度差が大きいものの低地部は比較的温和な気候に恵まれ、年間平均気温は14℃前後で、雨量は年間平均1200ミリメートル~1500ミリメートル程度です。
総面積 547.01平方キロメートル
位置 東経133度35分11秒4 北緯34度47分17秒0  海抜62.93メートル、北は新見市、北東は真庭市、東は加賀郡吉備中央町、南は総社市、井原市、東は広島県に接しています
人口 38,799人(平成17年国勢調査)
世帯数 15,325世帯(平成17年国勢調査)

市の花「さくら」高梁市の花・さくら

「さくら」は万葉の時代から私たちの生活、文化に深くかかわっており、夢と希望と期待の花と言われています。 本市においても先人が慈しみ育てた「さくら」の名所が随所にあり、美しく豊かな自然を育てる市民の心の象徴として、市の花を「さくら」とし、愛着と誇りある郷土づくりを進めます。

市の木「あかまつ」高梁市の木・あかまつ

「あかまつ」は、この地方を代表する樹木のひとつで、長寿を象徴するものとして古来より尊ばれ、土地に刻まれた深い歴史を静かに物語っています。四季を通じて緑をたたえ、風雪に耐え成長する「あかまつ」を市の木とし、本市の限りない発展を願うものです。

市の鳥「ヤマセミ」

高梁市の鳥・やませみ「ヤマセミ」は、九州以北の山麓から渓流に生息しており、県内では特に高梁川本流、支流に多く生息しています。 近年、河川の汚れや環境の悪化に伴いその生息が脅かされつつあります。 高梁川水系のシンボルとして、市の鳥を「ヤマセミ」とし、市民みんなで美しい環境を守っていきます。

市章と市民憲章

◇市章

高梁市章 限りなき紺碧の大空に躍進する高梁の頭文字(文化)Tに、観光松山城を偲び、産業資源(松葉で示す)は広く海外(生産)に伸びて(四方尖端)いる高梁市を表徴す。

◇市民憲章

わたくしたちは、美しい山々と清流にはぐくまれた高梁市を愛し、豊かな伝統文化を受けつぎ、平和で明るいまちづくりを進めるために、
1 互いに助けあって、豊かなまちをつくりましょう。
1 輝かしい未来を築く青少年を育てましょう。
1 働くよろこびを感じ、健康と安全を大切にしましょう。
1 親切と感謝の心で、おとしよりに尽くしましょう。
1 自然を守り、伝統文化を高めましょう。